JUFA 全日本大学サッカー連盟

社会貢献
ガーナ代表監督・アヴラム・グラント氏の講演会(2)『サッカーについて』
2016/06/14
 一般財団法人全日本大学サッカー連盟では、昨年8月20日(木)~8月27日(木)に『キッズ ピース(Kids Peace) 少年少女 サッカー・童話 交流プログラム---世界恒久平和を少年少女に託して---』を実施。イスラエルとパレスチナの子どもたちを招待して日本の子どもたちと交流を行いました。

(詳細:http://www.jufa.jp/news/news_kids_peace.php

 その際にご協力いただいたイスラエル大使館よりお申し出があり、現ガーナA代表監督でイングランドプレミアリーグ所属のチェルシーなどでの監督歴を持つアヴラム・グラント氏の講演会を行う運びとなりました。

 第1部では自身のご家族が経験したホロコーストについて語ったグラント氏ですが(ホロコーストについての講演は 【第1部 ホロコーストについて――ホロコーストサバイバーの父の生き方】 に掲載)、第2部では自身が率いたチェルシー、ポーツマス、そして現在監督を務めるガーナ代表の選手の話などを織り交ぜながら、アスリートの成長に必要なことについて持論を展開されました。


アヴラム・グラント氏講演会

日 時 : 平成28年5月6日(金)18:30~
場 所 : JFAハウス4階 会議室8.9.10
内 容 : 1部 ホロコーストに関して
      2部 サッカーに関して


【第2部 サッカーについて】


 私は最初、サッカーというものをとても楽しくやっていました。そして、やり続けていく内にいつの間にか自分の仕事に変わっていきました。お金を貰いたいからサッカーをやっていたのではなく、ただやりたいからサッカーを続けていた。そういうことが、サッカーの専門家になることなのだと思います。

 みなさんご存知のメッシ(リオネル・メッシ/現バルセロナ所属・アルゼンチン代表)のような選手も、最初はただサッカーが好きだからやっていただけなのだと思います。私の仕事は、そんなひとりひとりを、11人のチームとしてまとめること。さらにサブを含めて24人のプレーヤーたちを、ひとつのチームとしてまとめることです。ひとりひとりの選手はみな違う性格で、サッカーに対するそれぞれの見解を持っています。そんな選手たちをまとめなくてはいけないのです。なぜならサッカーはチームスポーツだからです。

 選手はサッカーをやるにあたって、いろいろなプレッシャーにさらされています。例えばメディアやサポーターなどです。また、クラブのオーナーというのは基本的に我慢をすることが難しいようです。昨日までは我慢をしていたのに、次の日には我慢が限界にきてしまうということもありました。そんな中で、選手たちとコーチは常にプレッシャーにさらされています。もし試合に勝てなければ、オーナーが監督をすぐにクビにすることもある。

 私がイングランド・プレミアリーグのチェルシーの監督をしていた時代にUEFAチャンピオンズリーグ(2007-08シーズン)の準決勝でリヴァプールと対戦したことがありました。その試合では、チェルシーのあるひとりの選手はとてもナーバスになっていました。その選手とはフランク・ランパード(現ニューヨーク・シティFC)です。実は、その試合の1週間前に彼の母親が亡くなっていたのです。そのため、彼は精神的な打撃をうけており、チームとしてはどう対応したらいいのかわからなかった。ですがその試合は、チェルシーの歴史においてもとても重要な試合でした。リヴァプールに勝利をすれば、クラブ史上初となるUEFAチャンピオンズリーグ決勝戦に駒を進められるからです。

 こんなこともありました。私が2009-10年シーズンにプレミアリーグのポーツマスを指揮していた時のことです。FAカップの準決勝でトットナムと対戦しました。トットナムはポーツマスより強く、すごく優秀なチームです。手強い相手だったので、選手にかかるプレッシャーは相当なものでした。けれど、試合前にギブアップする選手というのはいません。我々のこの試合に対するスピリットはとても強いものがありました。その結果、トットナムを倒すことが出来ました。

 サッカーはメンタルが重要なゲームです。だから私は、常にすべての試合が最後の試合だと思って臨むようにしています。ただ、どんなに強いチームでも勝ち続けることはできません。どんなチームであっても負けることがあります。そんなときこそ、常に強いメンタリティーを持って試合に臨むことが重要です。
 私の仕事はプレーヤーそれぞれのメンタルを引き出してあげることです。チェルシーを指揮していた時代、クラブには27人の選手がいましたが、その中の25人はそれぞれの国の代表選手で、チェルシーは実に10ヶ国以上の代表選手が集まったチームでした。オーナーのロマン・アヴラモヴィッチは莫大な資金をチェルシーというクラブに注いでいましたし、私たちの目標は全てのベストを尽くす事でした。毎試合11人の選手がスタメンとしてピッチに立ち、3人の選手が交代で試合に出ました。ただ、当然ながら25人の代表選手のうち、他の11人はピッチに立つことは出来ません。逆にポーツマス時代は、ときに15人の選手しかピッチに集まらないということもありました。なぜなら、クラブにお金がなかったからです(※ポーツマスは2010年2月にプレミアリーグ初の倒産申請を行った)。

 クラブによって状況は違いますが、プレーヤーひとりひとりの個性を引き出して試合に勝たせることが監督の仕事です。私はどのプレーヤーにも勝つための方法を常に教えていました。どんな仕事であれ、基本的に人はベストを尽くさなくてはいけません。ただし、スポーツは少し特殊な仕事です。なぜなら常にプレシャーがあるからです。サッカープレーヤーは自分のためだけにプレーするのではなく、いろいろなもののためにプレーをする必要があります。成功するためにはいろいろな要素が必要なのですが、私は3つの重要なものを見つけました。

 ひとつ目に重要なものは、自分でコントロールすることは出来ませんがタレント=才能です。誰にでも才能はあるのですが、その才能には度合いがあり、人によって違います。才能はとても重要な要素ですが、それだけでは不十分です。才能だけに頼って成功することはできません。ふたつ目はパッション=情熱です。情熱が無ければ何事にも成功は難しい。ただし、サッカーにおいては全ての人が情熱を持っています。そのため成功するためには誰よりも強い情熱がなくてはなりません。ここにいる皆さんも将来的に成功を収めたいと思っているでしょう。サッカー選手も同じです。常に成功したいと思い、情熱を持って仕事をしています。情熱が無ければ絶対に成功することはできません。情熱というものはものすごく重要なものです。

 私が指揮したチェルシーには、かつてドログバ(ディディエ・ドログバ/現モントリオール・インパクト所属・元コートジボワール代表)とアネルカ(ニコラ・アネルカ/現ムンバイ・シティ所属・元フランス代表)というふたりの選手がいました。彼らの情熱は世界でも5本の指に入るくらい、すさまじいものでした。才能だけでいえば、アネルカのほうがドログバより上回っていたかもしれません。しかしドログバには、アネルカより上回る努力がありました。アネルカは練習が終わるとそれ以上のことはせず、そのまま帰っていました。一方ドログバは、練習後も残って自主トレーニングをしていました。ドログバのほうがアネルカよりも情熱的に練習に取り組んでいたように思えます。これがその後のふたりの差を分けたところだったのかもしれません。

 皆さんは、マイケル・ジョーダンというバスケットボール選手をご存知でしょうか。私にとってマイケル・ジョーダンは世界一のバスケットボール選手です。おそらくアスリートとしてもベストな選手だったと思います。アメリカのプロバスケットボールリーグ、NBAというのは野球のようにドラフト制があります。彼は20歳の時、ドラフトで3位に指名されました。つまり彼よりもふたり優れた選手がいたということです。しかし、その時に1位と2位に指名された選手のことを、皆さんは知らないと思います。
マイケル・ジョーダンがなぜベストな選手になれたかというと、彼は常にベストになるための努力をしていたからです。食事にも気を使っていたし、当然練習にも精を出していました。彼はドラフト3位でシカゴ・ブルズに入りました。つまり自分よりもふたり、優れた選手がいたわけですけど、ドラフトの関係者やチームのスカウトの目は間違っていたと言わざるをえないでしょう。なぜかというと、その関係者たちはジョーダンの情熱や、頭の中の考えまで見抜く事ができなかったからです。彼らが見たものはジョーダンの選手としての才能だけでした。彼の情熱と精神は、その2人よりも完全に上回っていたと思います。

 皆さんはプロボクサーで、元WBA・WBC統一世界ヘビー級チャンピオンのモハメド・アリを知っていますか。モハメド・アリはお金を払ってまでして、自分に石を投げてほしいと頼み込んでいたそうです。それは、石を避けるための練習をしたかったからです。アスリートは、こうした情熱を持っていないと成功することはできません。タレント=才能を持った選手はたくさんいますが、それよりも大切なのはパッション=情熱です。

 そして3つ目はメンタルストレングス=精神力の強さです。誰にでも調子の良い日はあるし、悪い日もあります。そうした調子の波に耐えることが出来るメンタルが必要です。メンタルは強くなくてはいけない。悪い時には早く回復することが必要だし、そこから何かを学ぶ必要があります。仮に良い日があっても自分を天才だと勘違いしてはいけません。そこから学んでさらに成長することが必要です。このような精神があれば学ぶことが出来るし、どんどん成長していくことが出来ます。私はチェルシーの監督になった時、まず1つの目標を設定しました。それはUEFAチャンピオンズリーグの決勝戦まで勝ち進むことです。オーナーはそれだけのお金をかけているので、これだけは必ず達成しなくてはいけないことでした。このことを、選手たちには最初に伝えました。

 もう一度言いますが、タレント=才能、パッション=情熱、メンタルストレングス=精神力の強さ。この3つを持っていて、それぞれの能力を成長させることができたら、トップを掴むことが可能になるのです。ただし、自分が所属するチームによって環境は異なります。チェルシーはお金がありましたが、ポーツマスはお金がありませんでした。今、私はガーナ代表の監督をしていますが、ガーナの選手にはかなりの才能があります。しかしこの才能を生かす環境が整っていません。

 ただ、私は私の仕事を全うすることが大好きですし、重要なことだと思っています。なぜなら、監督という仕事はとてもクリエイティブでやりがいがある仕事だからです。私は監督なので、選手からベストを引き出してあげなくてはいけないです。そのために重要だと考えているのは先程の3つのこと。なかでも最も重要なのはメンタルの部分なのです。